今、あれもやりたい、これもやりたい、と様々なことに挑戦しているが、どれも身に付かないのではないか、という不安に駆られた。
様々なコースの方々と話をしたい、先生と話をしたいと思っているし、そうできるよう努力しているつもりではある。そんなことを考えながらも、蝙蝠のことを思い出した。 “二兎追うもの一兎をも得ず”、も。それでも、まだ「これだけにしぼろう」とは考えられない。 4時間目:障害児心理学演習 小・中学校におけるLD(学習障害),ADHD(注意欠陥/多動性障害),高機能自閉症の児童生徒への教育支援体制の整備のためのガイドライン(試案)の公表について ・・・これを読んでいて、特別な支援を必要とする児童生徒だけでなく、全児童生徒に適応すれば、それこそ一人一人のニーズにあった教育ができるのではないか、と思った。 5時間目 この時間が、本日の最大のヤマ場だったように思う。先生と院生(3人)とが、新しい曲げ加工を施した材料を使った作品例について考えていた。私ともう一人の院生(留学生)はその場に入っていなかった(自分のことではないと思っていたので、話は聞いていたが積極的に関わらなかった)。 途中で、曲げ加工を使った作品を思いついた。早速作業に取りかかったが、それが院生の一人には、私が和を乱すことをし出したと感じたらしい。先生がその場を離れ、私を含め3人になったところで、その人はこう言った。 「なぜ、先生たちが話し合っているときに、勝手な行動をとるんだ。もし中学生が君と同じような行動をしていたらどう思うか。」と。 確かに、もし私と中学生が同じような行動をすれば、注意したであろう(なぜ注意したであろうと思ったかが重要であると後で思った)。しかし、私は院生である。 自分のしたいことばかりしようとしないで、積極的に他の人たちと関わり、新しい知識、考えを共有せよ、ということかな。 さらに、「君がどんな授業をするのかが見えるようだ。生徒は自分勝手にやりたいことをして満足するだろうが、ねらいがない」とも。 みんなが話し合っている場の雰囲気を感じて、「作業をしたい」という欲求を殺して、話し合いの場に入ることが正しい、という主張であろう。しかし、私は最初、そのような雰囲気を感じ取ることができなかった。途中で、「こっちの話に加わったら」とその人に言われたが、内容がわからなくなっていたので入れなかった。 なぜ、みんなの和の中に入ろうと思わなかったのか。いや、思えなかった、という表現が正しい。 自分で気づかなかったことについて指摘されたことには非常に感謝している。が、少々しっくりいかない点があったのも事実である。 それで、別のコースの院生(M2)に相談をした。 その人は、その場にいなかったから細かいシチュエーションはわからないが、ということで話してくれた(私が話す内容は、私にとって都合のよいベクトルがかかっているかもしれないし)。 「「その場の雰囲気を・・・」というくだりは日本的教師の発想である。」 「先生は、我々に、「作業するのは待って、みんなでこれについて考えよう」と言っていたのであれば、あなたの行動は当然間違っている。しかし、そうでないのであれば、勝手に作業することは、私もそうしたかもしれない。中学生がそうしたらどう思うか、という点については、そのような行動をとる生徒を許容できないと認めているのではないか。」 ↑ 注:「中学生がそうしたら注意をする」、というのは、勝手に機械を使ったりするのは危険だからやめなさい、ということである。少し説明不足だったと思う。 10/27追記:この点(中学生が勝手な行動をとったうんぬん)について確認したところ、「勝手な行動をとらないように指導したにもかかわらず行動したら注意する、というのも一つの方法であるし、それ以外の指導方法もあるはずである。思いつきを大事にし、行動にうつすような授業があってもいいのではないか。」とのことであった(当然、危ないことをさせていいということではない)。 「君がどんな授業をするか・・・・」というくだりは、殺し文句だ。そんなことを、他の院生がいる場で言う必要があったのか、とも。 まぁ、私が話した内容は、自分に都合の悪い部分を(無意識的に)話さなかったかもしれないので、何が正しいとか、どっちが正しいとかはおいておく。とにかく、今回のことは、指摘されなければ問題にしていなかった(薄々感じたとしても)ので、自分にとってはよかったと思う。 確かに、5時間目終了直後は、かなりのショックを受けてはいたが、毎日、毎秒変化していると自分では思っているので、明日には今の自分とは違った自分がいると思う。しかし、相手側はどうか。当然、私に対して「負」のイメージを持ったことは疑いない。明日もそうであるのではないか。このようなことが、人間関係を壊すのかな、と思った。 以前にも、他の院生だが、無視されている、さけられるようになったと感じることがあった(今も続いている)。 私自身、身に覚えがないが、何か気に障るようなことをしたのだろうか。(今回は、明らかに気に障ることをしているし。ただ、今回は指摘されたので理由がわかったが。)何か致命的な欠陥があるのではないか、そう思うことがある。 人間としての資質に欠けているのではないか、とは以前から思っていた。今回のように、「こんなにひどいとは思わなかった」と面と向かって言われたのは初めてだが。しかし、「人間は可塑性があるので、年を取っても変わることはできる」という、障害児病理学研究の先生の言葉を信じて、変われるよう努力したい。 今回のことで、気づいたことがある。相談する人がいてよかった。救われる思いだった。相談者がいなければ、今よりはるかに大きな「マイナス」ベクトルがかかっていた。しかし、今は、相談する人がいる。ざっくばらんに話ができる仲間がいる。そういう意味でも、違うコースではあるが、チームに参加できて本当に良かった。このような人間関係を、どこででも築けるようになりたい。 「終わりよければ、全てよし」 ※本当は、もっとしっかりと一人一人の思いを平等に伝えられるように記述したかったが、完全に理解できていないので、うまく表現できなかった。とりあえず、自分自身にとっては重要な出来事だったので、覚え書きとして残すことにする。
by viewtleaf
| 2004-10-25 12:22
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